原因がはっきりしない「痛み」と付き合う日々の中で、私が学んだこと
この記事はシリーズ「心と体のあいだに」の関連記事です。
原因不明の痛みや不調にお悩みの方は関連記事も是非ご覧ください。
原因がはっきりしない痛みを抱えて生活していると、
「今日は大丈夫そうだ」と思える日と、
「思っていたよりもしんどい」と感じる日が、
思いがけないタイミングで入れ替わります。
昨日できていたことが、今日はできない。
特別なきっかけがあったわけでもないのに、
痛みや違和感が前に出てくる。
そんな波のある状態に、
戸惑いや不安を感じてきました。
痛みがある=何もできない、ではない
痛みがあると、
どうしても「あれもできない」「これもやりたくない」と
あらゆることに後ろ向きな気持ちになります。
やらなきゃいけないことがあるのに痛みに気持ちが引っ張られて、
集中したくても上手くできないこともあります。
痛みがあるからこそ、
できることを小さく区切る。
全部やろうとしない。
今の自分にできる範囲を、
その都度、選び直していく。
そうした調整を重ねる中で、
「最悪な一日」だと思っていた日にも、
ちゃんと意味があったのだと
感じられるようになりました。
調子の悪さは、突然やってくるわけではない
原因がはっきりしない痛みと付き合う中で、
後から振り返ると、
強く出る前には、
心や体に小さなサインが出ていることに気づきました。
無意識に呼吸が浅くなっていたり、
頭の中が常に忙しかったり、
「まだ大丈夫」と自分に言い聞かせていたり。
その時点では、
不調としてはっきり自覚していなくても、
体はすでに、
無理を重ねている状態だったのかもしれません。
頑張りすぎたあとに、痛みが出ること
私の場合、
「ちゃんとしよう」「迷惑をかけないようにしよう」と
力が入り続けたあとに、
ストレスや緊張と関係する痛みが
強く出ることが多くありました。
頑張っている最中は、
不思議と痛みを感じにくい。
でも、気が緩んだタイミングで、
体が一気にブレーキをかけるように、
痛みとして現れる。
それは、
弱くなったからではなく、
むしろ、ずっと踏ん張ってきた結果なのだと、
今は思っています。
「休むこと」に慣れていなかった私
痛みを抱えるようになるまで、
私は「休むこと」があまり得意ではありませんでした。
何もしない時間に、
どこか罪悪感を覚えてしまう。
でも、痛みが教えてくれたのは、
休むことは、
怠けることでも、逃げることでもない、
ということでした。
体が必要としている休息を、
後回しにしない。
それもまた、
自分を大切にする行為のひとつなのだと、
少しずつ受け取れるようになってきました。
この痛みが教えてくれたこと
原因がはっきりしない痛みと共にある生活は、
決して楽なものではありません。
それでも、
自分の限界に気づくこと、
立ち止まる理由を持てたこと、
完璧でなくてもいいと知れたことは、
この痛みと一緒に生きる中で
得た大切な学びでもあります。
このシリーズでは、
こうした気づきを通して、
目に見えない不調を抱える方が、
少しでも自分を責めずにいられる視点を
届けていきたいと考えています。
ひとりで抱えなくていい
痛みや不調は、
外からは分かりにくく、
言葉にすることも簡単ではありません。
だからこそ、
安心して話せる場所があることが、
支えになる場合もあります。
必要なときに、
「話してもいい」と思える選択肢として、
カウンセリングという場があることを、
覚えておいてもらえたらと思います。
あなたが、あなたらしくいられますように

- くれたけ心理相談室(川崎支部)心理カウンセラー
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くれたけ心理相談室 川崎支部
心理カウンセラー 小野綾子のブログです。
日常の中で感じたこと、カウンセラーとしての想いなど
思いのままにつづっています。お知らせも色々。
是非ご覧になってくださいね。
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